アメリカのペットファーストはどこまで?安楽死で私が感じたこと。

私は数年前、10年間一緒に暮らしていたワンコ様を安楽死で見送りました。生後8週間程度でお迎えしてから最期まで、息子様の弟分として大切に育ててきたのですが、9歳の時に糖尿病を患ってしまい、色々と手を尽くしたものの治療の効果が表れず、最後は安楽死というつらい決断をしました。ここでは、その治療の過程で感じたことをご紹介します。

突然の糖尿病

私のワンコ様は、9歳の頃に尻尾にできた大きな脂肪種を除去する手術を受けた直後、糖尿病という事が分かりました。

糖尿病はある日突然発症する病気ではありません。おそらく、それまでは全く症状が出ることなく生活していたところ、手術をきっかけにして体のバランスが崩れ、症状が出てきたのでしょう。

ある日私が帰宅すると、廊下一面に大量のオシッコをしていたのです。本人は申し訳なさそうにしていましたが、そんなこともあるだろうと私は後始末をしました。その時に、オシッコの臭いが普段とは違い、甘い香りがしたのです。もしやと思ったのが始まりでしたね。

病院へ連れて行くと、案の定、糖尿病だと診断されました。しかもその時には、血糖値がすでにとても高い状態で、すぐにインスリンの注射が必要だと言われました。

治療効果、ゼロ

person holding a syringe

犬の糖尿病には、本来はペット用のインスリンを注射します。打つ量は血糖値によって変わるのですが、私のワンコ様はすでに血糖値が測定不能な状態だったため、ボトル1本を1週間で使い果たすほどの量をうたなければいけませんでした。お金のことを言うのは少し気が引けますが、その動物病院ではボトル1本60ドル。ペット保険に加入していなかったため、全額が自腹でした。

ただインスリンを打つわけではありません。血糖値が安定しないので、週に1度病院へ行き、治療効果をチェックしに行きました。半日預かって様子を見るはずなのですが、いつも30分程度で連絡が来て、測定不能だから半日預かっても意味がないと言われるのです。この治療費、足を運ぶたびに200ドルかかりました。

糖尿病と診断されてから半年後、夫の異動で私たちは引っ越すことになり、ワンコ様の病院も転院となりました。

新しい病院で事情を説明した所、ペット用のインスリンではなく人間用のインスリンを使いましょうと、治療方針が変わりました。ヒューマン用インスリンは保険ナシでボトル1本30ドル程度でした。

引っ越してから3か月目、安定する気配すらない血糖値を測定するために週1で通う治療は、辞めました。経済的な負担が大きくなってきたこともありましたが、行くたびに針を刺されて血液を採られるワンコ様のストレスが大きくなってきたことが、大きな理由です。その変わり、3か月ごとに受診して、そのほかの部分をチェックしていきましょうという方針に変わりました。

肝臓も腎臓も機能していない

糖尿病を発症してから1年たったころ、ある日突然、ワンコ様が脳梗塞らしきものに襲われました。本人はつらそうに両眼を閉じた状態で、じっと動きません。すぐに病院で検査した所、肝臓と腎臓どちらも機能していないことが分かりました。

私もそれなりの覚悟を持って病院に行ったのですが、医師からは安楽死をすすめられました。

本人が苦しむなら安楽死で楽にしてやりたい、というのが私の気持ちでした。しかし、夫や息子も見送りたいだろうと思ったので、その場で「ですよね」とワンコ様を見送ることはできません。家族に相談する時間が必要だと伝え、強力な鎮痛剤を処方してもらい、帰宅しました。

すると、奇跡が起きたのです。

ワンコ様がその夜、目を開けて普段通りに活動し始めました。

本人は何事もなかったかのように元気にしているし、食欲もあるため、家族で話し合った結果、本人がつらくないならこのまま共に生活しようという結論に至りました。でもカウントダウンな状態であることは、家族全員で共通の認識となりました。

医師から電話

翌朝、心配してくださった医師から直接電話がありました、私は事情を説明し、痛そうにしていないので様子見で行くと伝えました。

医師からは、強く安楽死をすすめられました。最も大切なのは人間のQOLであり、ペットが最高の友でいられなければ、安楽死は妥当な決断だというのが、彼女の意見でした。

しかしその時には、ワンコ様は食欲もあり、正常なうんちもしていたので、私たちは、今回は安楽死はさせないという意思決定をしました。

ついにその日が

little dog sitting in light studio

それから2か月後、ワンコ様の体調が急変しました。体調がとても悪かったのでしょう、食欲もなく水も飲みません。心細いらしく、ずっと膝の上で寝ていました。1日様子を見ましたが、事態は改善するどこか悪化していくようでした。

その夜、深夜1時にワンコ様がトイレに行きたいというので、一緒に庭へ出ました。その時のワンコ様の便を見て、最期だと思いました。

朝いちばんで病院に行くと、安楽死の一択でした。この時は本人がとてもつらそうにしているので、人間の勝手な都合で先延ばしにするのはかわいそうだと思い、病院の待合室から夫と息子に連絡し、その日の午後に見送ることにしました。

私は日本でのペット安楽死がどうなっているのかは、分かりません。しかしアメリカでは、少なくても我が家のワンコ様が通っていた動物病院では、安楽死に対してはフレキシブルに対応でした。手術が詰まっていた医師のスケジュールのわずかな隙間に予約を入れてもらい、家族全員で見送ることができました。そうした対応には、今でもとても感謝しております。

焼骨や埋葬などのオプションについても、すべて動物病院で対応してもらえました。

1週間後、動物病院へ遺骨を引き取りに行くと、どうやら葬儀屋のサービスらしいのですが、遺骨が入った骨壺には名前が刻まれており、石膏で取った手形にも、ワンコ様の名前が刻まれていました。

安楽死を通して感じたこと

ペットという家族の安楽死を通して、私はいろいろなことを感じました。

日常生活においては、ペットは家族です。ショップやレストランへの入店が認められている所は多いですし、大型犬でも室内で生活します。アメリカでは、雪が降る寒い時期にペットを数時間以上外に放置したり、暑い季節の車内にペットを放置したら、飼い主が逮捕されます。

しかし病気などを発症すると、アメリカでは安楽死という選択肢がとても身近なところに浮上します。

もしかしたらそれは、人間だけでなくペットの医療費も高いことが理由なのかもしれませんし、人間のQOLを最優先するという価値観からくるものなのかもしれません。ペットがつらい思いをする前の元気なうちに旅立たせようという思いやりなのかもしれません。

私は子供の頃にヨークシャ・テリアを飼っていました。当時は安楽死という選択肢はなく、体が不自由になってもずっと母がお世話していて、彼の最期は18歳での大往生でした。それが幸せだったのかどうかは、母とワンコ様にしか分からないと思います。でも現代のアメリカでは、大往生を迎えられるペットは意外と少ないのかもしれませんね。

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