アメリカの学校では、何を教えるかは国ではなく州が規定しています。そのうえで、各ISD(Independent School District)がどんな教科書を使うかを決めるわけですが、使用する教科書はとても分厚く、1年で終わらないケースは決して少なくありません。しかし必ずしも、教える範囲が多すぎて終わらないという理由だけではないことはご存じですか?
目次
1.教えない範囲があるのはどうして?
教科書に載っているにも関わらず教えない理由は、いくつかあります。
- あまり重要じゃないので知らなくても困らないだろう
- 時間が足りず終わらなかった
- 教師の宗教的その他の事情で「教えたくない」
- 保護者から「教えるなそんなもの」という圧力
などがあります。
どの国の歴史も、楽しくハッピーで建設的なものばかりではないと思います。特にアメリカの歴史は、私が日本で習った「北米史」を元に考えると、
- ヨーロッパで住みづらいと感じていた人たちがアメリカへ移民
- そしたらネイティブインディアンがいた
- 仲良くしようと思ったけれど最終的に迫害してしまった
- アフリカから労働力確保の目的で黒人を奴隷として連れてきた
- 奴隷だからという理由で迫害したら南北戦争が起きた
- 第1次、第2次世界大戦に参加。
- 朝鮮戦争やベトナム戦争、中東での戦争にも参加。
ざっくりとまとめれば、まあこんな感じではないでしょうか。アメリカは1776年に建国してからまだ250年程度と歴史が浅いため、1年間のカリキュラムにまとめるのは難しすぎるということもないと思います。(恐ろしいほどに長い歴史を持つ日本でさえ、しっかりコンパクトにまとめられながら、小学校から高校まで3回リピート学習します)
しかしアメリカの歴史は、内容が迫害や奴隷など明るくハッピーではないものが多く、人種や民族が大きくかかわっていたりするので、教えたくない、知りたくないという人が大勢います。
2.意図的に教えない範囲とは?
日本では、学校で何を教えなければいけないかという範囲は、文部科学省が一元管理しています。北海道に住んでいる人でも沖縄に住んでいる人でも、基本的に学ぶ内容は同じです。アメリカ人が多く住んでいる地域だからアメリカ人に忖度して広島と長崎の原爆投下部分を飛ばす、なんてことはしません。
しかしアメリカでは、何を教えなければいけないかというマストな部分は州が決めますが、どこまで掘り下げるか、また学ぶかどうかに関してはとてもフレキシブルです。そして私達日本人なら「そこは教えたほうが良いのでは?」と思うような部分でも、教えなくても可、としている所がけっこうあります。
具体的には、
- ヒトラー率いるナチスによるユダヤ人迫害(31の州で義務になっていない)
- アメリカの奴隷制度(7つの州では教えていない)
- キング牧師による公民権運動(8つの州で教えていない)
- 白人至上主義(49の州で義務になっていない)
などがありますね。
3.州ごとの特徴と取り組み
何をどこまで深く掘り下げるか、どんな言葉を使うかは、すべて州が決めています。このように教えなさいという線引きが明確な州もあれば、さらっと触れるだけでOKですという州もあります。
マサチューセッツ州
マサチューセッツ州では、小学校で奴隷制度や公民権の運動、南北戦争が残した遺産などを学びます。そして学年を追うごとに、より深く掘り下げた内容を学ぶことが義務付けられています。
ちなみにこの州は、白人至上主義という言葉の意味を学ぶことを義務付けている数少ない州の1つです。
ニューハンプシャー州
マサチューセッツ州の隣にあるニューハンプシャー州ですが、学校で歴史の時間に何を学ぶかは大きく異なります。この州では、掘り下げて学ぶ必要はなく、奴隷制という言葉、そして人種差別という言葉を学べば良し、とされています。
ウェストバージニア州
この州では、需要と供給を学ぶ中で「奴隷制」を例に出すという教え方をしています。
ノースカロライナ州
アフリカからの奴隷移民のことを「アフリカからやってきたアフリカ人の移民」と教えています。
ユタ州
ユタ州では、人間が不平等な現代アメリカを理解するという目的で、南北戦争のことを教えます。
テキサス州、サウスカロライナ州、ミシシッピ州
奴隷制度を「黒人は白人と同等ではないという真実に基づいて新しい政府を作った」と教え、州の権利を主張することと類似している内容となっています。またこれらの州では、人種差別について学ぶことは義務付けていません。
ペンシルバニア州
ペンシルバニア州では、小学校で人種の関係と少数民族の扱いについて学びます。
メリーランド州
メリーランド州はマサチューセッツ州と並び、白人至上主義という言葉の意味や背景を学ぶことが義務付けられている数少ない州の一つです。
4.最終的には教師の判断にゆだねられる
州が何をどのように教えろと規定していても、実際に生徒へ教えるのは教師です。最終的には、各教師の一存によって何をどこまで学ぶかが決まるといっても過言ではありません。
例えば、ニューヨーク州やニュージャージー州、フロリダ州では、黒人の歴史というカテゴリーをきちんと教えることが義務付けられています。しかし実際には、教えられていない学校は数多くあります。
確かに歴史という事実は、学んで楽しいことばかりではありませんし、気分が悪くなったり不快になることもあるでしょう。私たちが学生の頃に学んだ歴史でも、戦時中に日本軍がアジア諸国で行った悪行については、ほとんど触れられませんでした。ただ単語と年号と共に暗記しただけでしたね。アメリカの歴史も、そういうスタンスなのかもしれません。
学校で教えなくても家庭で教えたら良い
ちなみに我が家は、夫が大の歴史マニアで、あらゆる国のあらゆる歴史に精通しています。はい、利益につながらない趣味ですね。
日本の歴史に関しても、私より詳しく知っているほどです。詳しい年号までは覚えていないものの、どういう背景で何がどうなったのかという時代の流れを正確な前後関係で把握しています。
そんな我が家では、子供が小学校2年生の頃に、当時は発売されたばかりの「History of US」というDVDを見て、家族で討論会をしていました。子供なりの疑問や意見があるでしょうし、一緒に見て一緒に意見を交換することによって、子供なりに良くも悪くも歴史に対する理解度が深まったようです。
現在、息子は22歳ですが、歴史に関しては客観的な視点を持っています。この点においては、学校だけに任せず家庭で歴史の勉強を一緒にしてよかったなと思いますね。
こんにちは。
興味深いテーマを投稿していただきありがとうございます。
オレゴン州在住ですが、オレゴンも白人至上主義は義務付けられています😊
数少ないんですね。
ところで日本やアメリカの教科書の比較検証をした面白い記事を発見しましたので、もしよろしければご一読ください。おそらくご興味がおありかなと思いまして。
「分断された記憶:歴史教科書とアジアの戦争」
https://www.nippon.com/ja/in-depth/a00703/